ロダンの彫刻作品は上野の国立西洋美術館に『地獄の門』、『考える人』、『カレーの市民』、『アダム』、『イヴ』などが常時展示されていてまさに圧巻のひとことです。
私はこれらの作品も大好きですが、もっとも興味をそそられるのは『美しかりしオーミエール』という作品です。残念ながら実物を目にしたことはありません。
私たちは彫刻作品といえば美しい肉体をモチーフにしたものを想像しがちです。しかし、この『美しかりしオーミエール』は『美しかりし兜屋の妻』などとも言われますが、すっかり衰えたお年寄りの女性の肉体をモデルにしています。
衰えて垂れ下がった乳房、フレンチブルドッグの顔のように皺がれた太鼓腹、働き者だったらしいことを思わせる骨太の骨格を強調した高さ50cmほどのブロンズ像です。
私は絵を描いたり彫刻を製作したりするのは美を表現するためと考えていました。ところが『美しかりしオーミエール』を発見して、芸術とはどうもそんな薄っぺらなものであってはならないと思うようになりました。
ロダンこそはいわゆる美の追求に埋没することなく生命の尊厳を彫刻の世界で求め続けていた希有な存在だったのでしょう。彼の作品は人間の生命への崇高な讃歌です。