小室圭さんをシッタベンレイ

ノーと言って金満世界を変えよう

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2013年2月7日木曜日

AKB48と丸坊主謝罪

  AKB48のメンバーのひとりが丸坊主謝罪を行っていろいろと話題になっています。私は彼女らのことはまったく知りませんので活動に関する話をするつもりは毛頭ありません。ここでは謝罪行為の意味合いについて私なりに考えてみます。

 考察するための資料としてHarvard Business Review (June 2012) のResearch Watch (p.26) を参考にします。ここではWilliam W.Maddux 先生等の研究が紹介されています。先生らは、謝罪「I'm Sorry」つまり「ごめんなさい」は文化的背景によって解釈が違うから、その相違をグローバル化の時代にはきちんと認識して行動しないと、思わぬ誤解を生みかねないと述べています。

 研究では、アメリカ人学生は謝罪行為を直に罪つまり個人的な責任を認めることと捉え、日本人学生は個人的には責任がなくても謝罪する傾向にあるといわれます。そこで両者の謝罪頻度を観察した結果ではアメリカ人学生は平均4.51回/週、日本人学生は平均11.05回/週となりました。

 次に信頼関係の修復度合いの相違を見るために、かつて会計処理で不正を犯した人を管理者の立場から採用するかどうかという実験が行われました。その結果ではアメリカ人に比べて日本人は謝ったのだから採用してもいいだろうと考える傾向にあるようです。

 つまり西洋人は謝罪行為によって責任の重さが軽くなるわけでも無くなるわけでもないと考えており、東洋人は中国人などを含めてむしろ信頼関係を修復するためのもので集団的意味合いを持つと捉えているという話です。不十分な解釈のところもあると思いますので詳しくは論文を直接お読みください。

 さて前置きがとても長くなりましたが今回のAKB48 の謝罪の話題に戻ります。結局は謝罪したメンバーの気持は、AKB48 の今後の活動に大きな支障が出ないようにファンとの関係を何とか自分の謝罪行為によって修復しようとしたのかも知れません。

 ついでですが西洋人は自分の責任を認めたがらなくてあまり謝罪しないと私たちは言います。しかし、彼らが謝罪しないのは自分に落ち度がないことに対して謝ることなど想像できないだけであり、そこに認めたがらないというある種の強い意志めいたものがあるわけではないことを理解しておく必要もありそうです。

 西洋人にとって謝るのは意志の問題ではなく信念の問題なのですから。謝らなければ殴るぞ!といわれても困るのです。