今日の日本の社会を見つめるのに一度この詩を読んでみてください。
仮繃帯所にて 峠 三吉
あなたたち
泣いても涙のでどころのない
わめいても言葉になる唇のない
もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
あなたたち
血とあぶら汗と淋巴液とにまみれた四肢をばたつかせ
糸のように塞いだ眼をしろく光らせ
あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
恥ずかしいところさえはじることをできなくされたあなたたちが
ああみんなさきほどまでは愛らしい
女学生だったことを
だれがほんとうと思えよう
焼け爛れたヒロシマの
うす暗くゆらめく焔のなかから
あなたでなくなったあなたたちが
つぎつぎととび出し這い出し
この墓地にたどりついて
ちりちりのラカン頭を苦悶の埃に埋める
何故こんな目に遭わねばならぬのか
なぜこんなめにあわねばならぬのか
何の為に
なんのために
そして自分がどんなすがたで
にんげんから遠いものにされはてて
しまっているかを知らない
ただ思っている
あなたたちはおもっている
今朝がたまでの父を母を弟を妹を
(いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
そして眠り起きご飯をたべた家のことを
(一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)
おもっているおもっている
つぎつぎとうごかなくなる同類のあいだにはさまって
おもっている
かって娘だった
にんげんのむすめだった日を
注 ラカン頭:お釈迦さまや大仏様のような髪をした頭