退職して研究室から引き揚げてきた荷物を整理していたら好きな詩を集めたノートが見つかりました。引用する出典は分かりませんが作者ははっきりしていますのでここにひとつ紹介します。
養老院にて 天野 忠
老婆がふたり
つけっ放しのテレビを見ている。
うっすら埃りをかぶって、
西洋映画が写っている。
あたたかそうな広い部屋の真ん中で
若い夫が若い妻を抱いていた。
ふさふさした捲毛の女の子が見上げていた
長い長い接吻 ......。
ーあんな具合にわたしゃ......
一人の老婆が呟いた。
-亭主に可愛がってもろたことなかった
-ほんにわしら......あんな恥ずかしげなこと
もう一人の老婆が云った。
-いっぺんも、せなんだ
そして、手持無沙汰に
おやつに出た黒いあめを
ネチネチしゃぶりはじめた。
おそらく昭和30年代の詩だと思います。日本もこれが普通の時代でした。