2010年4月27日に殺人罪の時効がなくなり真犯人は死ぬまで逃走しなければなくなりました。これは確かに真犯人にとっては非常に大きな負担となります。しかし被疑者の逮捕が事件後40年も経過していたらどんなことが起きるのか考えてみます。
事件の捜査は40年前から蓄積された捜査資料をもとに証拠固めが行われることになります。警察は昔の証人を探し出すだけでも大変ですが、その証人から正確な証言を得るのは記憶の曖昧さからいって至難の業でしょう。
一方でもし誤って被疑者に仕立て上げられたら、私たちはどうやって無実の証拠を集めたらいいのでしょうか。まったく身に覚えのない40年前の事件現場にいなかったことを自分だけの力で証明しなければなりません。思ってもいなかった40年前の特定の日に何をしていたか思い出すなどということは不可能です。
ですから警察は圧倒的な情報量を持っていて絶対的に優位な立場にあります。悪意はなくても都合よく筋書きを作ることができます。新品のキャンバスに自分で絵を描くのは至極簡単です。その真っさらなキャンパスが無実の被疑者で画家を警察にたとえてみると被疑者の劣勢は火を見るより明らかです。警察の描き出した虚像を消し去れるはずがありません。
もっと議論が必要だったのにマスコミは時効廃止法案成立前には残された被害者の家族の気持ちをやたら強調気味でしたね。確かに時効廃止もむべなるかなというところもないわけではありません。しかし恐ろしいことですが、万が一にも事件から何十年も経過して誤認逮捕されたらもはや一巻の終わりと覚悟しなければならないというのではどうも割り切れません。
こうして考えてみると殺人罪の時効廃止はある意味で善良な市民にとっては背筋が寒くなる話でもあります。もう少し議論を尽くすべきだったと思えてなりません。