安倍首相はサンフランシスコ平和条約が発効した4月28日を「主権回復の日」とし式典には天皇皇后両陛下が出席されることを閣議決定しました。
憲法改正を宿望する安倍首相は先の読めない首相の座を奪い返した今こそ改正の布石だけでも打っておきたいと焦るのは分かります。しかし自らの説明も国民の議論の煮詰まりもないうちにさっさと決めてしまっては主権のあり場所が違っています。
日本国憲法前文には「ここに主権が国民に存することを宣言し」とあります。私はこの前文の『主権が』は文脈からすると『主権は』であると考えておりますが、その理由はまたにします。私が疑問視するのは「主権回復の日」をいわば勝手に決めてしまう首相の大きな感違いです。
主権は私たちにあって安倍首相だけのものではありません。民主主義の求める適切なプロセス(デュープロセス)が踏まれずに独善的になされた閣議決定は不適切なものと言わざるを得ません。
私が言いたいのは「主権回復の日」の可否のことではなくてdue processへの認識の欠落です。「決められない」民主党も困りものでしたが、近頃の「決め過ぎる」自民党も気味が悪いです。主権回復しても真の民主主義は遥か遠いようです。