小室圭さんをシッタベンレイ

ノーと言って金満世界を変えよう

  とうとうコーツIOC副委員長が来日して、これからはオリンピック開催への直接的圧力が強まりそうな気配です。  東京オリンピックが多数の病人も出そうな真夏に開催されるのはビジネスとしての都合からで巨額の放映権料を稼ぐためでもあります。  そんな開催してもお金、中止してもお金の五輪...

2014年3月31日月曜日

個人の犠牲を強いる根性主義

 本日の甲子園の試合で、桐生第一高校のエース山田知輝投手は3試合連投で合計342球を投げました。残念ながら延長戦までもつれて結局はサヨナラ負けを喫しました。しかし、勝つためとはいえ高校生投手のこんな酷使が許されていいのでしょうか。

 

 一試合でも多く勝ちたい気持ちはよく分かりますが、チームの限界は分かり切っています。そんな中で山田投手が3連投して肩を痛めたら取り返しがつきません。個人の過剰な犠牲を強いる根性主義は特攻隊と根っこは同じで、教育現場には相応しくありません。

不都合な真実 した人、された人

 袴田事件は、無実の人を意図して死刑囚に仕立て上げた人がいて、その結果48年間も刑務所に閉じ込められていた人がいるという構図です。

 

 不実をした人は、自分の行為の悪意性を十分に認識していたはずで、その行為が問題となって糾弾される事態に陥ると、事が事だけに反ってゴメンナサイと言えなくなリ、引っ込みがつかなくなってきます。

 

 こうした人間の浅はかさの弊害を最少限に食い止めるのが刑事訴訟法の役割なのでしょうが、幾度となく冤罪が明らかになっても、その反省が制度の改善に活かされてこないのは、どこまで私たちは浅はかなのでしょうか。

2014年3月29日土曜日

アレッー!ネコの餌が一気に35%も値上がり!!

 今日ネコの餌を買いにいつものスーパーに行ったら、一袋478円が一気に598円に値上げされていました。三ヶ月前は438円でした。


 食料品(?)ですから、買わない訳にはいきません。すでに魚の缶詰が98円から146円になっていますから、一日当たりにすると私には200円の値上がりです。アベノミクスはアゲノミのクズです。

あなたはイヌ派?ネコ派?

 ある調査によりますと、イヌよりもネコの方が癒し効果は高いという結果が出ているようです。私にはイヌのことはよく分かりませんので、この調査結果をネコの視点だけから解釈してみたいと思います。


 ネコはイヌより独立心が強くて自分勝手に生きているように言われます。確かにネコは適当に餌を置いておけば食べたい時に食べて、寝たい時に寝て、甘えたい時に甘えてきますから、まさにマイペースな暮し方をしています。飼い主が帰宅してもネコは腹が減っていない限りは知らんぷりで、へつらって喜ぶ様子などはまったく見せません。


 こうした天上天下(てんじょうてんが)唯我独尊的な生き方をするネコには、よく観察してみるとそれぞれに非常に強い個性があって、ひとつひとつの仕草に如実にその性格が表れているのが分かります。その個性を知って毎日の暮らしぶりを見ていると、ネコの行動の裏に隠されている意図が分かってきます。


 人間と違ってネコの行動にはまったく裏表がありませんから、個性さえ押さえていれば、ネコが、何を欲し、何を嫌がり、何を怒り、何を喜んでいるのか手に取るように分かります。ネコは飼い主を噛むこともありますが、イヌとは違ったその喜怒哀楽を含むストレートさが大きな魅力なのではないでしょうか。

客は断じて神様ではない!

 ホテルなどのサービス業の世界ではホスピタリティーという言葉をよく耳にします。日本的なホスピタリティーという考え方の解釈には、顧客のニーズに答えてひたすら尽くすという下僕的なニュアンスが感じられて、私にはどうも違和感があります。


 デパートで客が来る気配はまったくないのに店員さんたちはずっと立ったままです。ある鉄道のサービスコーナーでも座ってできるはずの仕事を立ってしています。スーパーで買い物をしてもレジ係の人はいちいち両手を揃えてお辞儀をしてくれます。無意味な過剰サービスのために毎日こうした仕草を強要されるのが近頃の傾向のようです。


 不必要に一日中立ち尽くしたりお辞儀をし続けることは肉体的に大きな負担です。経営者は顧客の満足だけでなく、働く人たちの快適な職場環境の実現にも配慮すべきで、その際に役立つのがケアリングという考え方です。ケアリングとは、サービスが提供される場所を顧客も働く人たちも共に癒される空間にしようとするものです。


 特にサービス業で働く人たちは息が詰まってしまいそうなこの頃の職場環境ですが、そろそろお客様は神様という考え方は止めにしようではありませんか。

2014年3月28日金曜日

私の青春時代と袴田事件

 袴田巌死刑囚が釈放されました。1966年に死刑が確定してから実に48年間の獄中生活を送った袴田氏の精神力と支援者の魂の闘争は必ず歴史に刻まれるはずです。


 私がもっとも悲しく思うのは、私が生きた溌溂とした青春の思い出の時代に、こんな残酷な不実が堂々と行われていたということです。今になって何故と考えてみると、袴田氏を地獄に送り込んだ主要関係者が亡くなって、当局が彼らのメンツにこだわらなくなったからではないかと邪推してしまいます。


 こんな酷い過ちが明らかになっても、冤罪で死刑執行されたイギリスのティモシー エヴァンス事件のように死刑廃止の声が高まってこないのは、日本はやはり特殊な社会なのでしょうか。

2014年3月25日火曜日

少しエロい話ですが

 私がフランスで学んでいた頃に数人のフランス人との会話がエロい話に発展してしまいました。そこでジャポネのアレはでかいという定説(?)が出てすっかり言葉を失ったものです。


 画壇の巨匠ゴッホも浮世絵に心酔していたくらいですから、ヨーロッパ美術界の浮世絵ブームのなかで日本の春画が知れ渡って、日本人のはデカイという話が固定化してしまったのでしょう。天才浮世絵師歌麿も罪深いことをしてくれました。