小室圭さんをシッタベンレイ

ノーと言って金満世界を変えよう

  とうとうコーツIOC副委員長が来日して、これからはオリンピック開催への直接的圧力が強まりそうな気配です。  東京オリンピックが多数の病人も出そうな真夏に開催されるのはビジネスとしての都合からで巨額の放映権料を稼ぐためでもあります。  そんな開催してもお金、中止してもお金の五輪...

2013年2月28日木曜日

湖畔に生息するマムシたちにニックネームが付いている?

 私はヤギのチーズが大好きです。牛乳製のものよりはオイリーでなくて豆腐に似た食感のものが多いのが好きな理由でしょうか。

 かつてフランスでヤギ乳の生産農家を個人的に見学に行ったことがあります。50頭はいようかというヤギの群れは圧巻でした。その農家は茶色の愛くるしい小型ヤギを飼っていました。お土産にいただいたシンプルに固めただけの草加せんべい大のほとんど無発酵のチーズの美味しさは格別でした。

 さてここでしたいのはチーズの話ではありません。優しそうな小柄な50代の農場主のおばさんはいろいろと説明してくれましたが、その内容よりも私を驚かせたのはみんなヤギに名前が付いていることでした。そして名前を呼ぶとヤギは心なしか振り向くように見えました。

 一般的に動物付きの人たちにはどこか動物好き特有の不思議な能力があります。私の知るある女性は湖の岸辺に生息するマムシ達に名前をつけていました。あのマムシは去年のあれとは違うとかいろいろとマムシの人相(?)の説明を受けましたがさっぱり理解不能でした。とても信じがたいのですが本当の話です。

イスタンブールの魅力

 私は好奇心旺盛で何でも見てやろう何でもやってやろう風の生き方をしてきましたから、いろいろと稀有な経験をたくさんしてきました。ただ「何でも見てやろう」の著者小田実(まこと)氏ほどの行動力はありません。

 若い頃にイスタンブールに行ったことがあります。モスクに見学に行ったとき短パン姿を咎められたことがありました。私は小さなバッグ一個で一年でも旅行できる得意技をもっていますので、夏は短パンにTシャツということになります。ですからイスラム教の信者の人に言われたときは配慮のない自分をとても恥じました。

 またトルコ風呂にも行きました。日本のような〇春の場所ではありません。そこで初めて岩盤浴を経験しました。もう30年以上前ですが、これは日本でやったら売れると思ったことを覚えています。

 真夜中には港に面した歓楽街にも行ってみました。そこはさすがに私でもたじろぐほどの異様な興奮状態に包まれていてとても危険な臭いのする場所でした。女装をした人の店、肥満体の女性の店、高齢女性ばかりの店など珍奇な趣向をこらしたところがたくさんあって度肝を抜かれた記憶があります。

 東西交易のちょうどど真ん中にあったイスタンブールはやはり不思議な魅力を秘めていました。

会議で面倒なヤツは書記役にして黙らせろ?

 私は大学の専任教員会議で書記をしていました。会議の内容を記録に取って議事録を作ったり、会議の資料を事前に配布したりする単純ながら骨の折れる仕事です。


 定年を迎えるのにまだやっている(やらされている?)のに同情してか、若い先生方が代わってやってくれるようになりました。年老いたオヤジが資料を配布している姿が不憫だったのでしょう。


 最近になってハッと気が付いたことがあります。黙々と記録を取らなければならない書記に指名するということはとても巧妙な口封じになり、私を書記に指名した人はすごい知恵者です。


 定年になるまで書記をしている理由を深く考えなかったのは我ながら大変な不覚でした。もっと早く気が付いていたら外してくれとすごんだはずです(...だからお前は書記なんだ!?)。この話を教え子にしたらゲラゲラと大笑いされました。

ゴジラが現れたら?これにkikenna ラベルを貼られてしまいました。暴露したらすぐに消してくれました。

 専門家や経験者の前では黙っていろという無言の圧力を時々感じることはありませんか。では私たちは素人や未経験者として発言する資格はないのでしょうか。

 私はそうは思いません。例えば目の前に突然ゴジラが出現したとします。怖くはありませんか。逃げ出したくありませんか。このような素朴で当たり前の気持が無視されるのが危険な閉鎖社会の特徴です。

 専門家に任せ切りにするのはブレーキのかからない回転木馬に乗ってぐるぐる回りするのと同じです。乗っかってはしゃいでいる子どもたちは無邪気でいいのですが安全に止まらないのでは先が思いやられます。

 ゴジラは怖い!ゴジラは厭だ!ゴジラがいたら困る!こんな気持をみんなが臆することもなくはっきり言っていられることはとても大切なことです。ゴジラのことはゴジラの専門家に任せておけば間違いないと高を括って油断しているといつか本当にゴジラが現れるかもしれません。福島を見てください。

 これって kikenna ラベルを貼られてしまいましたが、私はアナログ派ですのでよく分かりません。内容が危険だという意味でしょうか。別に内容的に深い意味はな..........実はアリマス。

 この疑問のコメントを流したら一瞬で kinenna ラベルを消してくれました。アナログ派には何が何だかさっぱり分かりません。どこかで内容を監視されているのでしょうか。こんなラベルを瞬間的に貼ったり消したりできるなんて神業です。レトロな水準の話になりました。

マンガの効用と限界

  子どもがマンガしか読まなくて困った、マンガは子どもの成長には好ましくはないなどと親の心配は尽きないことでしょう。そこでマンガとの付き合い方について考えてみます。

 マンガの長所は話の筋が図画を見れば直感的に読み取れることです。一方で欠点は文字で表現されている世界を正確に把握するという抽象的な思考過程を必要としていないことです。

 文字の世界を理解するには高度に発達した知的能力が必要です。一方で図画で描き出された世界は単なる日頃の視覚情報の焼き直しですから、日常的な能力だけで十分に対応が可能です。ヴィゴツキーもそんなことを書いていた記憶があります。

 
 漫画しか見ないでいると、具体的な事象を抽象化して普遍的に考えるという概念的思考力が育たないままになってしまいますから、例えば人間関係を「ボクとキミ」などという子どものような現実的関係でしか捕えられなくなります。これがマンガしか知らないで大人になることの問題点ではないでしょうか。

ドイツの笑い話⑭ 姉妹の疑問

 11歳のインゲと8歳のヘルガがお母さんに質問していました。 

 インゲ  「わたし子ども産める?」
 母親   「産めるわよ。」
 ヘルガ 「わたしは?」
 母親   「...まだよ。」

 ヘルガは喜んで駆けだして行くインゲを見てつぶやきました。 
      「まっいいか。気をつけなくていいんだから。」

2013年2月27日水曜日

ドイツの笑い話⑬ ペーターの宿題 性教育

 ペーター 「ボクはどうして生まれたの?」
 父親    「コウノトリが運んできてくれたのさ。」
 ペーター  「じゃ、お父さんは?」
 父親    「コウノトリだよ。」
 ペーター  「じゃー、お母さんは?」
 父親    「同じだよ。」
 ペーター 「...ダメだ。ボクんちには性教育はないんだ。」