小室圭さんをシッタベンレイ

ノーと言って金満世界を変えよう

  とうとうコーツIOC副委員長が来日して、これからはオリンピック開催への直接的圧力が強まりそうな気配です。  東京オリンピックが多数の病人も出そうな真夏に開催されるのはビジネスとしての都合からで巨額の放映権料を稼ぐためでもあります。  そんな開催してもお金、中止してもお金の五輪...

2017年8月7日月曜日

トヨタの運命は?水素か電気か

 ヨーロッパではスウェーデン、フランス、イギリスが相次いでガソリン・ディーゼル車廃止宣言をしました。中国も電気自動車(EV)へのシフトを加速しています。気になるのが日本ですが、アメリカと同じように自動車のEV化への反応は鈍いのが現状です。


 かつてドイツで高出力のロータリーエンジンが発明されて、その実用化に社運を賭けたドイツNSU自動車会社は結局は倒産してしまいました。その特許を受け継いだ技術のマツダが実用化に成功してスポーツカーを生産しましたが、結局は燃費の悪さが災いして生産中止に追い込まれてしまいました。


 私もガソリン・ディーゼル車はトヨタが実用化した水素を燃料とする燃料電池車(FCV)に取って代わられて、FCVが次世代の主流になると考えていましたが、今日では電気自動車しかないと思うようになりました。その理由がトヨタが世界に先駆けて開発に成功した、走行距離が長くてショートしない固体リチウムイオン電池です。


 燃料電池はトラックやバスなどの大型車両に向いていますし、電気の貯蔵にも使えますから無用の長物になる心配はありませんが、乗用車については間違いなくあっという間にEV時代になるでしょう。

2017年8月6日日曜日

東京五輪閉会式で核兵器廃絶を訴えよう

 東京五輪2020閉会式は長崎に原爆が投下された8月9日です。私は金満五輪の開催には反対の立場ですが、閉会式に核兵器廃絶と世界平和を黙祷して訴えるならば賛成します。


 オリンピック憲章では政治活動の持ち込みは禁止されていますが、核兵器廃絶は政治活動ではなくて世界の切実な願いです。


 リオ五輪開会式は広島に原爆が投下された8月5日でしたので核兵器禁止宣言をする予定だったそうですが、IOCが反対してボツにされた悪しき前例があります。

霞が関情報の裏表

 行政の中枢が集中する霞が関から漏れ出してくる情報は大きな個人的利益をもたらすことがあります。


 現在はどうなのか分かりませんが、1960年代には、官僚はこすからいことをすれば、都心に一軒家くらいは建ちましたし、企業の極秘情報を入手して一相場張ることもできました。


 こうした利益をたんまり享受した人たちを知っていますが、やはり同級や同窓そして同郷などという関係が役立っているようです。最近問題にされている人たちも似たような関係にあるのが気になります。

2017年8月5日土曜日

加速するガソリン車の終焉

 地球温暖化に危機感を持つヨーロッパ諸国では将来的にガソリン・ディーゼル車廃止宣言がなされいますが、いまだに原発に固執する日本ではまだその意識は社会的に共有されていません。


 一方で自動車メーカーは急速に電気自動車へのシフトを始めており、トヨタはダイハツ、富士重工、スズキ、日野自動車に続いてマツダとも提携関係に入りました。これで国内の自動車メーカーは大きく三つのグループ(トヨタ、日産、ホンダ)に分かれて地球温暖化時代に対応することになります。


 ほんの10年前にはガソリン・ディーゼル車の廃止などというのは想像も付きませんでしたが、どちらにしても熱効率では電気自動車の半分にも満たないガソリン車が生き残る道はもはやなさそうです。内燃機関発明から約200年目にあたる2060年頃は大きな節目になるでしょう。

2017年8月4日金曜日

右と左

 西武ライオンズの菊池雄星投手が絶好調で左腕史上最速の時速157kmを記録しました。右腕では大谷翔平選手が日本記録の時速165kmを出しています。


 両者の間にある8kmのスピード差は運動における右脳と左脳の影響の違いによるものなのか、相対的に左腕投手が少ないせいなのかは分かりませんが、興味深いところです。

2017年8月3日木曜日

鳩に好かれてしまった

 駅裏の川辺に住み着いた猫の餌やりをしているうちに、あまり毛並みの良くない一羽の鳩に好かれてしまいました。


 私が川原に下りていって堤防脇にすわると脇に必ず舞い降りてきて一緒に川の流れを眺めています。特に餌をくれというわけでもなく、不思議な鳩ポッポです。

 

 ひょっとすると天国に召されたブログ写真の大の甘えっこ黒猫ディーンがお盆を前にして鳩に生まれ変わって戻ってきたのかもしれません。

無用の長物 道徳教育の三種の神器

 日本の道徳教育では、礼儀、感謝、規律が3本柱ですが、これらは基本的に家族、学校、職場、地域などの既知の人に対する姿勢でしかありません。


 日本人として挨拶は既知の人にするものと思っていると、欧米に行って戸惑うことがあります。例えば他に人のいない場所で他人同士の二人の目が合ったら、両者はニッコリくらいするのが礼儀です。


 先日は電車が不通になって乗客で溢れんばかりの駅ホームのベンチで、鞄を脇に置いて両足を投げ出したままスマホに夢中になる身だしなみの良い男性がいました。


 また通学路のバス内で優先席に陣取った女子学生は、目の前にヨロヨロのお年寄りが乗ってきても平気でその姿を眺めていました。


 彼らは親しい人にはそんなゾンザイな態度はみせないはずですが、見知らぬ群衆の中では礼儀などはないも同然でした。


 こんな場合に欧米ならば誰かが鞄を退かせと要求したり、必ず席を譲ったりする人がいるものですが、このあたりの日本との違いはどこからくるのでしょうか。