小室圭さんをシッタベンレイ

ノーと言って金満世界を変えよう

  とうとうコーツIOC副委員長が来日して、これからはオリンピック開催への直接的圧力が強まりそうな気配です。  東京オリンピックが多数の病人も出そうな真夏に開催されるのはビジネスとしての都合からで巨額の放映権料を稼ぐためでもあります。  そんな開催してもお金、中止してもお金の五輪...

2013年7月31日水曜日

NHKの番組紹介はコマーシャルではないのか?

 NHKは本来はコマーシャルは放送できないはずですが、近頃では番組予告といって長い番組紹介が頻繁にあります。


 コマーシャルには企業が自分の利益のためだけに行うものだけではなくて、視聴者に有無を言わせずに番組を強制するのも広義には含まれるはずです。少なくとも正式に組み込まれている番組の間に頻繁に他の番組紹介をするのはやめて、一日一回限定で例えば15分間の番組紹介時間をどこかに設定してください。

 

 見たい番組を待つ視聴者に無理やりに他の番組紹介を見せられるのは気持のいいものではありません。

8月15日を前にして 特攻隊と靖国神社参拝シーズンと国防軍

 麻生太郎副総理は都内の講演で、「国のために命を投げ出してくれた人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい」と述べたと報道されています。麻生議員の歯切れの良さは好きですが、自分の言う言葉の意味を深く考えないところがたまにキズです。


 まず麻生議員の言う「国のために...」の『国』は具体的には万世一系の天皇陛下が統治される戦前のクニを意味していて、今日の日本国ではありません。そのクニを守るためと称して洗脳された国民は “ 命を投げ出した ” のではなくて、“ 命を投げ出させられた ” のです。

 

 そういう無数の犠牲者の無念の思いを汲むならば、彼らの命を粗末に扱った首謀者たちが靖国神社に一緒に祀られていいはずはありません。天皇陛下が靖国神社参拝をお止めになったのもこういうお考えがあったからだと思います。残念ながらこの論理が通用しない政治家も多くて靖国参拝を強行しています。私はこの感覚のズレがとても気になります。


 太平洋に散っていった若い特攻隊員の悲痛な無念の叫びに想像力が及ばないズレた感覚の人たちが “ 敬意と感謝 ” などと言って参拝に来る様子を彼らの魂はどんな気持で眺めているのでしょうか。政治家の靖国参拝の報道を目にするたびにいつもこの疑問が私の脳裏をよぎります。

 

 特攻隊に年寄りを動員する代わりに18歳にも満たない少年たちの命を犠牲にした理不尽な歴史に反省のない人たちが国防軍などと言い出すのは絶対に反対です。彼らはきっとまた若者を見殺しにしても敬意と感謝といって平気のへっちゃらで生きながらえていくのでしょうから。

笑い話 火元は誰

 「オーッ、ジャイアントプーが跳び蹴りです!」

 「ギガセンサーが抑え込むか!」

 「両者もつれ合っています!」

 「アアッ、ギガセンサーがのけぞるように昏倒してしまいました!」

 「エエッ?レフリーがリンクから逃げ出しました!」

 「ジャイアントプーも気絶している模様です!」

 「異様な空気がリンクに漂っております!」


 注 下品過ぎてスミマセン。

笑い話 あべこべ世代

 「夏の風物詩は何と言ってもお化け屋敷だ。」

 「僕も花子ちゃんの手を握りたいばっかりに。」

 「へぇー、しおらしい話だ。」

 「でも、彼女は全然怖がらないんだ。」

 「じゃ、ダメじゃん。」

 「いいんだよ。僕が悲鳴あげると抱きしめてくれるから。」

2013年7月30日火曜日

地球のメタン温暖化 破滅への恐怖のカウントダウンが始まった!(英科学誌ネイチャー)

 北極圏の海底に存在するメタンハイドレートの溶解が急速に進んで大量のメタンガスが大気中に放出されて、世界経済に壊滅的な打撃を与えるとオランダと英国の研究チームが警告しています。


 メタンガスは天然ガスの成分で私たちの生活には欠かせない重要な資源です。しかし大気中に漏れ出すと地球温暖化への影響力は二酸化炭素の20倍以上になります。このメタンガスが北極圏の海底から漏出すると地球温暖化が急速に進みます。


 このことは私がブログのテーマとしては最も頻繁に5月12日、3月16日、3月17日にも触れました。世界的な研究チームによってその脅威が確認されて、私のイヌの遠吠え状態から少しは事態は前進したと感じていますが、恐ろしいカウントダウンが本当に始まってしまったようです。

笑い話 高潔な兵士

 「ヨーシ、これから銃を腕に抱えながら地面を這うように前進する!」

 「そうか、これが匍匐(ほふく)前進の訓練か。敵に見つからぬように頑張るぞ!」

 「オイ!頭が高いぞ!もっと頭を下げろ!」

 「班長殿、どうして敵に頭を下げるのですか!?」

政治家の傲慢 民主主義における手続きの重さ

 ここでは民主主義における手続きの重さを理解するためにまず二つの卑近な例をあげて考えてみます。


 まずは私が年末宝くじを買って何と1000万円を当ててしまったとします。私は当たった当選券を持って銀行の窓口に行けば賞金の1000万円を何の支障もなく受け取ることができます。


 次に私は友達と賭けをして勝った方が1000万円を受け取る約束をしたとします。私は幸いにもその賭けに勝利して友達に1000万円を請求します。友達にはきっと冗談だからとか何らかの理由を付けて待ったされて支払ってもらえないでしょう。


 では宝くじと友達との賭けの場合の相違はどこにあるのでしょうか。宝くじの場合には特定の個人の判断や考え方が結果に影響を及ぼさないように前もって手続きが厳格に決められております。一方で友人との賭けの場合には日常生活の延長上の単なる軽い口約束過ぎません。


 政治家は権力を握ると決められている手続きの重さを無視して待ったに近いやり方で自分の意思を通そうとします。国民の間での広い議論と国会での十分な話し合いが憲法改正手続上は絶対に欠かしてはならないことを理解しないのでは民主主義を語る資格はありません。