小室圭さんをシッタベンレイ

ノーと言って金満世界を変えよう

  とうとうコーツIOC副委員長が来日して、これからはオリンピック開催への直接的圧力が強まりそうな気配です。  東京オリンピックが多数の病人も出そうな真夏に開催されるのはビジネスとしての都合からで巨額の放映権料を稼ぐためでもあります。  そんな開催してもお金、中止してもお金の五輪...

2017年1月9日月曜日

銀化ガラスを鑑賞しよう

 銀化ガラスとはガラス成分のカリウムやカルシウムが地下水の作用で溶け出す過程でガラス表面に薄膜を形成し、光がその薄膜層に乱反射して様々な色彩に輝いて見えるものです。


 主に中東地域で発掘される1000年以上前のガラス容器類が銀化ガラスの鑑賞対象になっていますが、これらが本格的に日本で知られるようになったのはまだ戦後のことです。


 銀化ガラスの好みも欧米人と日本人ではまったく異なり、日本人は発掘されたままの荒々しい姿を珍重しますが、欧米人は表面の銀化層をガリガリと取り払ってツルツルにしてから鑑賞します。


 ガレやドームなどに代表されるアールヌーボー時代のガラス製品は日本でも非常に有名ですが、その源流である中東の銀化ガラス類を知って鑑賞するとまた違った趣を感じるものです。

2017年1月7日土曜日

また出た!黒猫!

 大学のキャンパスに行く途中に大きな川があり、その川岸の緑地帯に私と知り合いの猫が一匹住んでいます。もちろん毎日お食事をあげています。


 そこに今日は若い新参者の黒猫が現れました!新年になってすでに2匹目の黒猫です。天国の黒猫ディーンよ、チョットやり過ぎじゃないか!

2017年1月6日金曜日

手術を拒否された

  私の友人の医師が正月明けに患者さんを診察して非常に難しい手術が必要と判断して、ある信頼できる病院の手術チームに依頼して快諾を得ました。


 ところうが事務方から経理上の処理が難しいので受け入れはできないと入院を拒否されて、結局は友人の医師は手術チームを自分の病院に自腹で呼んで無事に手術を終えることができました。


 人の命に関わる手術を医学的な理由ではなく、事務手続きが煩雑になるからと拒否されるお役人天国は怖いです。

美空ひばり

 昨晩、お風呂に入ったあとでテレビをつけたら美空ひばりの東京ドームコンサート(1988)をやっていました。


 美空ひばりの歌唱力については異論をはさむ専門家もいますが、私には感慨深い圧巻のコンサートでした。当時のいわゆる歌謡曲には人生の機微に触れる歌詞が少なくないことを思い出していました。


 それにしても今日の歌の歌詞の軽くて空疎なことを改めて痛感しました。

2017年1月3日火曜日

亡き黒猫ディーンからのお年玉?

 ブログのマスコット黒猫ディーンが天国に召されて痛感したのがコミュニケーションの大切さでした。


 キャンパスに残された猫たちとは餌を媒介にした繋がりしかなくなってしまい、黒猫ディーンがいなくなってからは生き物への義務感だけでキャンパスにいく毎日でした。


 ところが驚いたことに新しい黒猫の転入者が餌場で待っていて私の手から2握りも餌を食べてくれました。これでまた良い新年になりそうです。

箱根駅伝 2017

 正月の一大イベント箱根駅伝では青山学院大学が前評判通りの強さを見せて往路優勝しました。復路も恐らく磐石のメンバーを揃えてぶっちぎりの完勝でしょう。


 大学スポーツは完全にセミプロ化していて、勝てない大学に入ってはどんなに実力があっても卒業後の収入が全然違ってしまいます。ですから、有望な選手はことごとくトップチームに集中するという傾向が強くなっています。


 それにしても青山学院大学と他大学の実力差は大きすぎます。その背景にはフルマラソンを目標にして練習する青学チームと駅伝だけで食べていこうとするチームの志の違いが大きく影響しているように思われてなりません。


 新年の初めに大きな志を立ててみようではありませんか。

2017年1月1日日曜日

ハイデッガーさん、貴方はどう思いますか?

 20世紀を代表するドイツの哲学者マルチン ハイデッガーの著書「存在と時間」は難解ではありますが、彼の「顧慮」という概念を現代人は思い返してみるとよいかと思います。


 今日の都会では、鞄やトランクがぶつかろうと足を踏もうとお構いなしですし、横断歩道に歩行者が立って待っていても徐行しません。車内では意地悪く無理押ししたり、空席に座るときに会釈しても両サイドの人たちはまず無反応です。また公衆の面前でもお構いなしに泣き叫んで駄々をこねる幼児は毎日のように目撃します。


 他在をもって自在をなすという考え方を顧慮という言葉で哲学的に追求したのがハイデッガーでしたが、他者の現実を自己の可能性として想像する力をもたない現代人にはそんな理屈はもはや通用しなくなってきているのでしょうか。